『FIREしたら趣味の消費コンテンツにはすぐ飽きる』らしい?
FIRE批判記事でよく見かける主張ですが、私自身の体験で言えば、以下の通りです。
「飽きる?…飽きるどころか全然時間が足りないんです!」
旅行好きは旅行に行きまくって飽きる、映画やドラマ好きは観るものが無くなって飽きる、ゲーム好きはゲームばかりして飽きる……記事にしているぐらいだから本当にいらっしゃるんでしょうが、私にはちょっと理解しかねるところです。
まったく同じ場所に何回も旅行する、同じ映画やドラマをずっと見続ける、同じゲームをし続ける…さすがにこれは私でも飽きるでしょうが、旅行なら新しい場所を開拓していけばいいし、映画、ドラマ、ゲームなら自分は知らなかったけど評判の良いものから手をつけてみるとか、いろんな方法はあるうえに、次々と新作も生まれるのに…自身の好きな趣味なのに飽きるってなぜなんでしょう?
FIRE批判記事では、仕事を辞める → 暇ができたので趣味を満喫する → 趣味に飽きる → 暇になって人生の意味を見失って働き始めるというような論調が多いですが、刺激適応が早い人(飽きやすい人)か趣味が少ない人なのでは?と思ってしまいますし、
「少なくとも仕事しているよりは楽しくないですか?」
と感じます。
私は没入or情報探索型で映画・ゲーム・アニメなどの世界観に深く入り込むタイプなので製作者のインタビューや設定、背景等を調べたり、自分と違った視点で見る人の感想等を読んだりするのが好きで…恐ろしいほどに時間がすぐに経ってしまいます。また、上記の趣味以外にもライブ、アウトドア、カフェ巡り、ウォーキング等々…趣味が多いため、本当はもっといろいろしたいのに時間が足りないとなります。そういう意味ではFIREしても趣味に飽きない適性があったということなのでしょう。
上記の刺激適応に加えて、FIRE批判記事を読んで以下の点を特徴として感じます。
・労働中心社会の正当化バイアス
労働を中心に据えた社会では「労働しない人は不幸になる」という物語が必要とされる。社会全体としては労働者に長く労働市場へ留まってもらう必要があるため、メディアを通じて「FIRE=孤独、退屈、不幸せ」という物語を流布させる力が働きやすい。
・メディアは例外的な失敗例を好む
「FIREしたけど暇すぎて鬱になった」等、人間の脳がネガティブな逸話を強く記憶する性質を持つためメディアが好んで取り上げる(逆にうまくいっている人の情報は興味や関心を強くひくことが難しいためあまり取り上げられない)。FIREは実現にお金が絡むため嫉妬を生みやすく、シャーデンフロイデ(他人の不幸は蜜の味)が求められやすい。
刺激適応の部分については、趣味がどうこうよりは人間関係の希薄さに伴う味気なさ、共感のなさ、そういった弊害の方が強く影響しているのでは?と私には思えます。
旅行や映画、ドラマ鑑賞は他の人と一緒に観た方が楽しいというのは私も同感です。本人が想定していた以上に実は人間関係を求めていたということを、FIRE後になって改めて気づかされた…はあるのかもしれませんね。
その人間関係の部分は私もFIRE実行のうえで気をつけていた点です。既婚ということもあり「今日1日誰ともしゃべらなかった。」ってことはさすがにありませんが、FIRE後は人間関係に広がりのなさを感じることはあります。そのため、FIRE前から「この人とは繋がっていたい。」と思える人が複数人いるということはFIRE生活を満喫するうえで大切だと感じます。
