浸食
前回の記事の続きです。
多忙と噂される部署に異動することを告げられた時は、実は嫌だという気持ちよりもワクワク感の方が勝っていました。
新卒の時とは違ってある程度業務のことがわかってきたことや別の仕事を経験できることもあって「やってやるぞ!」という気持ちの方が強かったです。
しかし、異動して最初に異常だと感じたことは、定時を3時間ほど回っても部署の誰一人帰宅する人がいなかったことですね。怠慢な人などほぼいない部署にも関わらず、このような状況は明らかに人が足りていなかったと思います。
上司に相談しても増員されることなどなく、私もその部署の歯車として定時で終わらせることなどありえないぐらいの大量の業務を割り振られました。その部署での1年目が終わると今度はその大量の業務からさらに業務が追加され、2年目終了時はさらに追加され…効率よく業務を終わらせてもその分追加されるだけ…もうお腹いっぱいで食べられないのにさらに追加で注文されるような感じです。
平均すると約80~100時間/月の超過勤務になっていました。さすがに超過勤務が100時間超えとかになってくると日常は業務に埋め尽くされます。このような状態では休日であっても完全に仕事のことが頭から離れることはなく、休日の終わりが近づくと過酷な一週間がまた始まる…憂鬱になりましたね。
鬱の一歩手前ぐらいのかなりきつい状況でしたが、幸いその部署のメンバーや雰囲気も良く、お互い励まし合いながら、また、頻繁に飲み会が開催され、そこでの愚痴大会で乗り切っていたように思います。
典型的なひと昔前のサラリーマンという感じですね。
そう、まさにこれが日本のサラリーマンの常識で全然珍しくもなんともない。
私のような、、、いやいや、さらにもっと過酷な労働環境のサラリーマンは日本には山ほどいる。
だから私も耐えなければならない…
…本当に?
これが本当に自分が歩みたかった人生??
一度しかない人生が業務で埋め尽くされるのが本当に幸せ???
こんな感じで違和感を覚えていったのです。
「男性の健康寿命は70歳そこそこなのになぜここまで自分の時間を仕事に埋め尽くされなければならないのか?」
初めは小さく芽生えた感情でしたが、仕事が多忙になればなるほど、理不尽な要求を繰り返されればされるほどだんだんと増幅していき、
「仕事のために生きているわけじゃない!」
最終的にこのように変わっていったのでした。
